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利益を期待した活動はNG

活動を通して
「金品などの利益を目的としないこと」
「自発的に行動すること」
「社会貢献に役立つこと」
の三つがボランティア活動における条件となっています。

しかし、人のため世の中のために役立つ活動をするのがボランティア活動。
どうしても行う側の人間としてはそこに何らかの満足感や見返りを期待してしまうものです。

もちろんそうした心理的満足感を得ようという気持ちは間違いではありません。
しかし、あまりにもそうした“利益”を重視した心構えで参加をしてしまうと、
受ける人にとってはありがたくないという気持ができてしまうこともあります。

ちょっと厳しい言い方になってしまいますが、
活動をするときには本心から欲得を捨てた純粋な気持を持つようにしておく必要があります。
参考:今だから知っておきたい「ボランティア」の心得

実際にあったボランティアの話

先の東日本大震災では数多くのボランティアが被災地を訪れました。
ですが、ボランティアとして訪れた人の中には、本来行う側が持っておくべき心構えや
覚悟もないまま、遊び感覚で来てしまった人も残念ながら見られていたようです。

自身のツイッターやFacebookで被災地の様子を面白おかしく伝えたり、
倒壊した建物の前で友人同士笑顔で記念撮影をしたというような、
被災地の人の気持ちを踏みにじるかのような行いをしていた人が大きな非難を受けました。

おそらくそれらの人は「自分は手伝いに“きてやっている”のだから、
少しくらい楽しんだっていいだろう」といったようなお客様感覚があったのでしょうが、
これは行う側として参加するときにはあるまじき行為です。

他にもボランティアとして集団で来たものの、炊き出し作業はいいけど
掃除は嫌だといったような仕事を選り好みする人もいたようです。

金銭的な対価を得る仕事でなら、
あれは嫌だこれはいいといったことを行うことで自身に責任がかかります。
そもそも無償が前提であるのですから仕事の選り好みはできないことです。

自分が嫌がった仕事は必然的に他の誰かが担当することになるのですから、
活動に来ておいしいところだけをとって人助けをした気になるというのは
本来的な心構えから大きく外れたことになります。

また反対に、ボランティアとして一生懸命尽くしているのに
被災者やそれを受ける側の人がお礼や笑顔を全く返さないということもあります。

それでも人助けに来ているのがボランティアなのです。
そこで、見返りがないことに不満を持たないよう、あくまでも自分は全面的に
与える側であるという意識を持つようにすることが大切です。